インフルエンサーってなんだろう?立ち止まって「フォロワー数」や「自分軸」について考える

web関連

少なからず、直接的にしろ間接的にしろ、ビジネスや収入目的でTwitterを始めたからには、あこがれるのは「インフルエンサー」になること

 

 

私の中のインフルエンサーのイメージは、

その人が「この製品いいですよ!」と言えば、みんながこぞってその製品に注目する。

その人が「この曲今聞いてるんですけど、めっちゃいいですよ!」といえば、みんながその音楽を聴く。

 

 

そのイメージは今も変わっていませんし、「インフルエンサー」の意味とそんなにそぐわなくもないでしょう。

 

インフルエンサーとは影響力を持つ人のことです。

 

アフィリエイトやブログ収益を目指す人にとって、なりたくないはずはありません。

今回は、インフルエンサーについて、個人的に考えてみたことを書いてみました。

 

※これは「こうあるべきだ!」というものではなく、自分のアカウントの在り方について考察した過程の文章です。

その点を考慮してお読みください。

 

スポンサーリンク

インフルエンサーってなんだろう?フォロワー数や「自分軸」について考える

RT企画で感じた違和感

わたしもTwitterを始めたきっかけはビジネス利用。

 

Twitterを始めたときに、わたしは「フォロワーさん2万人とつながるぞ!」と豪語していました。

 

しかし、なかなか増えないフォロワー数。

それは当然のことで、基本的に「有益な情報を最初から発信できる人」でない限りは、最初は伸び悩むものです。

 

そのため、Twitterでは、多くの人がリツイート(RT)企画を実施しています。

 

リツイート企画は大体がこのような感じです。

参加条件は
・自分をフォローしてもらう
・自分の企画ツイートをRTしてもらう

その見返りとして
・フォローバックをする
・参加者の固ツイをRTする

 

わたしも、フォロワーさんの数が200人になるときに、企画を実施したことがあります。

その時のツイートがこちら。

 

RT企画をしているとき、

よく知らない人の固定ツイートをぺっぺとRTしていきました。
しかしわりと早い段階で、そのことに違和感を感じはじめました。

 

自分のアカウントページに溢れはじめるよく知らない人の固定ツイート。

そして、その内容のほとんどが、同じくリツイート企画。

 

リツイート企画がリツイート企画を呼んでる感じです。

 

一生懸命考えた自分のツイートが、共感したわけでもなんでもないリツイートで埋まっていくのです。

 

同時開催したフチ企画の意義

フチ企画の時のバナー↑

わたしはこのリツイート企画実施時、加えて希望者がリプで表明すれば、ツイッターアイコンにフチをつくる企画も実施。

 

これが、今も私自身がいろんなフチを楽しんでいる「フチ活」のはじまりです。

 

フチ企画を実施した当初は、参加者の中から抽選で3名の人に縁をつけるという要件にしていました。

 

しかし、フチ企画のほうで参加してくれた人たちとは、参加表明をいただいた後も、あいさつしあったりリプしあったりする関係になった人がほとんど。

結果、途中からは「参加してくれた人にはみんなフチをつけよう!」という考えに変わりました。

 

 

なんだか、こっちの繋がりのほうは自分にしっくり来たのです

 

開始数日で、「抽選にはずれたらこの人はフチを貰えないのかぁ。この人にもこの人にもフチあげたいなぁ」と思うようになりました。

 

やがて、フチ企画の中盤からは期限がまだあったのにも関わらず、わたしは企画の宣伝をしなくなりました。

それはフチをみんなに付けると決めたため、自分のキャパオーバーを避けるために参加者がやみくもに増えないように調整するためでした。
(もちろん、募集期間が終わるまではそのことが公には言いませんでした。)

 

リツイート企画では、誰が誰だかわからない繋がりが増えましたが、フチ企画のほうでは、この人が○○さんだ!と一人一人をしっかり認識。
みなさんに喜んでいただけて、お互いに新しいフチになると、ツイートして宣伝しあったりしました。

 

フチ企画で知り合ったほとんどの人が、今でも仲良くしてくださっています。

フチ企画は今でも自分の中で意義を感じています。

 

RT企画で数を成長させていく人への違和感

Twitterを始めたころ、アイコンがとても目を引く人がいました。

 

誰かに依頼して描いてもらったのでしょう。
ヘッダーも独自のもので魅力的です。

 

もともとわたしはイラストアイコンには反応するタイプなので、さっそくその人のアカウントページに行ってみました。

 

するとツイート内容は他の方のRT企画のRTばかり。

 

タイムラインに流れてくるのも、RT企画への「参加します!」ばかりでした。

 

もちろん、それは悪いことではありません。
その方には明確な数を増やす目標があってされていることなのでしょう。

 

しかし、あまりにもRT企画ばかりの内容しか流れてこず、その人の実態がわからない。
でも、1日に何件ものリツイート企画に参加するため、めちゃめちゃタイムラインに流れてくるので目に付きます。

 

わたしはその方をミュートしました。

 

そう、「おもしろくない」。

そしてその人に「興味が持てなかった」のです。

 

その方は、今は8000人規模になって、自分のツイートの割合も増えているようですが、かつての「残念感」がわたしの中にあり、今もミュートをしたままです。

 

「数が多いだけ」には意味がない?

数が多いというのは、すなわち集合住宅に営業をかけるようなものです。
老若男女・生活スタイルや職業の違う人たちにチラシを配ってまわる感じです。

 

もちろん、広告というのは「数を打てば当たる」という面もあるので、これも一つの有効な手段です。

 

しかし、ツイッターでしばしば見受けられるのはフォロワー数が数千人規模で、ツイートをしてもリプに反応をくれる人は0~2人というアカウント。

 

マンションに住んだことがある人は経験があると思います。

ほとんどの人が、手に取った瞬間捨ててしまうチラシ。

 

アカウントを「数」だけを目指して育ててしまうと、ツイートが見向きもされないアカウントになってしまう可能性があります。

 

 

たとえフォロワー数が何人だろうと、だれも見てくれないツイートというのは、穴に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫ぶようなもの。

 

 

やみくもに数を増やしても、「繋がり」を増やさなければ、残念ながら見向きもされないのです。

フォロワー数=「繋がり」ではないのがツイッターの奥深いところかもしれません。

 

 

でも、たとえば800人くらいのフォロワー数であっても、その人のツイートにはいつも「必ず何人かがみてくれる」としたら。

 

その人の、「こんなことがあったよ」、「これ良かったよ」、「ここ行ってみたよ」には、いつも見てくれる人たちがいるとすれば、そのツイートは十分発信力があります。

 

 

フォロワー数=「発信力」ではないというのはTwitter運営上、理解しておかなければならないことだと思います。

 

 

また、最初から数を追いかけるというのもいいのですが、目的意識「数」に対してのストイックさ、「数を達成した後の目標」がないと、Twitterにやりがいを見いだせず途中でリタイアする人もしばしば見かけます。

 

どうして○○人を目指すのか?

達成したときに自分にどういった状況が訪れると想定しているのか。

 

そのあたりについては、自分の中で明確にしておかないと、達成後にはブレが生じて、放置アカウントになってしまうかもしれません。

RT企画で増えたフォロワーさんの危険性

Twitterをやっていてこの数か月、数件目にしたのが、「フォロワーさんをお掃除します宣言」。

わざわざ宣言する必要もないことなのですが、あまりに誰も自分のツイートが見向きもされず、行き詰まった時にする人が多い印象です。

 

また、自分がある程度満足のいく数字になった場合に、「フォロー数 < フォロワー数」という見た目の「人気者感」を出すためのバランスをを実現するため、突如フォローを外し始める人がいます。

 

RT企画で増えたフォロワーさんは結びつきが弱いため、そういう状況になったときにフォローを外す対象にされやすいです。

 

予防線を張るため、「リムられたらリムる」みたいなことをプロフに書いている方もいますよね。

リムとは、リムーブのこと。
つまり、フォローを外すということです。

 

いまは連携アプリで、リムられたら通知がくるようにしている人も多いようですが、リムられることを日々考えるというのは、それだけで少なくともわたしにとってはかなりのストレスです。
わたしなら、通知が来るたびにツイッターをやめたくなってしまうと思います。

 

明確な目標がないまま、収益目的でツイッターを始めた人は、まずは「自分がツイッターを楽しむ」ことを目指すことが大切だと思います。

 

TwitterはSNSの中でも「共感」を共有するSNSです。
共感には悲しみや怒りなどさまざまありますが、人が継続していけるのは「楽しいもの」だと思います。

 

炎上アカウントや、悲しんでばかりのアカウントは、なかなか本人が継続していくのが辛いものがあります。

まずは継続できる楽しいアカウントを目指すのは一つのコツといえるでしょう。

 

そしてまた、周りの人も楽しいことに寄ってくるのです。

自分にフォロワー数はそんなにたくさん必要なわけではない

たしかに、フォロワーさんがたくさんいたら嬉しいです。
自分の発信に注目してくださる方であれば、嬉しくないはずがありません。

 

でも、リツイート企画にやみくもに参加してまで必要かと言われたら、そうではないということに気づき、今では単なるリツイート企画には参加していません。

 

 

数字というのは人と比べやすい要素なので、ツイッターをやっていると「できるだけたくさんのフォロワー数を」という流れに飲み込まれてしまいそうになります。

 

でも、自分の目的にはそんなにたくさんのフォロワー数は必要か

 

「フォロワー数○○人達成」のツイートが日々流れてくるツイッターの中で、そのことについてはときどき立ち止まって考えてみる必要があると思います。

 

大切なのは自分軸

上記のように述べているのは、そうやって数を成長させていくというやり方を非難するものではありません。

 

ただ、わたしは個人的にそのやり方にわりと早い段階で違和感を感じました。

違和感を感じたということは人を非難するものではなく、「そのやり方は自分にはあっていない」ということです。

 

Twitterをやっていくうえで大事なのは「自分軸」。

それはわたしがこの4か月間ツイッターをやってきて感じた大切なことの一つです。

 

自分軸」とは、自分の中で何を大切にするか、どういったツイートを中心に展開していくか。

そういう軸のことです。

 

自分軸は、その時その時で変わっていいと思います。

あるときは「数じゃない」といって、そのあといろんな経験や思考をした結果「やっぱり数かも」となってもいいと思います。

 

確かに、ハタからみて、意見の転換はかっこ悪いこともありますが、それが本人がしっかり考えた結果であれば、それは成長の過程の表れに過ぎない、些末なことなのです。

 

実際には極論ではなく、バランスが大切だと思う部分もありますし、答えを出さなくてはいけないことでもありません。

 

ただ、自分のアカウントの在り方については考える必要があるでしょう。

思考を積み重ねることで、よりそのアカウントは魅力的になると思います。

 

私がTwitterで大切にしていることは以下の通り。

・人を傷つけない
・人を貶めない
・実害を与えるような嘘はつかない
・できるだけ等身大で
・自分のポジティブな面でツイッターを運用し、後ろ向きな気持ちは引っ込める。
(「にゃろねこ」はわたしの創造的な面・ポジティブな面の現れという位置づけで生まれたのです)

繋がった人を大切にして、その人たちが楽しめたり、クスっとわらったりしてくれるアカウント。

それが今わたしが目指しているTwitterのアカウントです。

 

そして、もう一つ目指しているのが、「縁の下の力持ち」ならぬ「縁の下のインフルエンサー」です。

これは何かというと、インフルエンサーの人に影響を与えるアカウントです。

 

インフルエンサーの人といえど、すべてをゼロから発信しているわけではありません。

 

情報や発想はどこかから持ってくるのです。

 

基本的にはインフルエンサーの人は、新しく絡み始めた人のことは軽くあしらう傾向がありますよね。

たくさんのフォロワーさんが絡んでくるので当然です。

 

しかし、もう何歩かその距離感を縮めることができれば、インフルエンサーさんの視界に入ることができます。

自分のアイデアやアドバイスが有意義で価値のあるものであれば、それが採用されることも十分あります。

(今まで観察したなかではそういったものはインフルエンサーさんの手柄になりがちですが。)

 

 

インフルエンサーの人に影響を与えたことで自己満足をしたい、ということではなく、注目されるアカウントの可能性として、少ないフォロワー数でも実現可能な「縁の下のインフルエンサー」というものについて考えている次第です。

 

Twitterのアカウントの在り方について、今後も考察を重ねながら運用していきたいと思います。

 

なんにせよ、当面はクスっと笑えるアカウントを目指したいです(*’ω’*)

タイトルとURLをコピーしました